| 准看護婦 資格試験 No.631 2004.6 |
| ナースイニンタピュー 「おしえて先輩 ナースのお仕事」 |
文/三宅佐由美![]() 写真/紀 善久 川崎田園都市病院 石山 節子さん 昭和45年、国立東北新生園准看護学校卒業、准看護師免許取得。国立仙台病院で2年働いた後、国立東京第2病院へ。その後しばらく看護の仕事から離れていたが、62年より柿生病院(平成13年に川崎田園都市病院と改称、新築移転)に勤務。12年、神奈川県立看護専門学校卒業、看護師免許取得。13年より2階東病棟・3階東病棟の師長となる。宮城県出身、54歳。 いろいろ悩みもしましたが、やっぱり私はナースの仕事が大好きなんですね OLも経験してナースの仕事に戻ってきた 「私の父が早くに亡くなり、母は手に職がなかったため、私たち兄弟を苦労して育てたんです。それで進路を決める時に母から手に職をつけることも選択肢の一つだと勧められ、自分でも何か技術を身につけたいと思って准看護学校を選びました」 准看護師になってからは毎日忙しく、考える前に体を動かしている毎日だった。そんな中で、本当にこの仕事が自分に合っているのだろうか。ひょっとしたら、もっと他の仕事が合っているのかもしれない、と悩むようになった。そして自分はナースに向いていないと判断し、OLとして働くことにした。 「OLの仕事はとっても楽しかったです。でもだんだんマンネリ化し、ナースをやっていた頃の緊張感が懐かしくなって、あの緊張感に戻りたい、と思ったんです。しばらく看護の世界から遠ざかっていたので、最初は外来のナースとして働き始めました。外来では本当に基本の看護、血圧や熱を計ったり、患者さまに『今日はどうされましたか』と聞くぐらいで、病棟とは全然緊張感が違いましたね」 4年間外来で働いた後、昭和62年、川崎田園都市病院の前身、柿生病院にやってきた。 「私は引っ越して来たばかりで、この辺りの地理に詳しくなく、実は面接を受ける病院を間違えたんですよ(笑)。2つ病院が並んでいて、もう1つの一般病院に面接を受けに来たつもりだったんです。面接は院長と看護部長がしてくださいました。病院の方針やいろいろなお話を開いているうちに、老人看護に積極的で、家庭的でとっても雰囲気が良いところだと分かりました。それでこちらでお世話になることに決めました。だから申し訳ないのですが、もともとは一般病棟希望で、老人看護に特に興味を持っていたわけではないんです」 ![]() 患者・家族の心のケアに重点をおく 石山さんが師長として担当する2つ病棟はベッド数95床、ナースは18名とケアパートナー(介護助手)25名がいる。患者の介護度は4.8〜4.9と高く、失語症のため、痛い、苦しい、かゆいと自分で訴えることのできない患者が大勢いる。「発語しない患者さまに対しては日頃の観察が重要です。朝は9時から仕事ですが、8時に来て100人近い患者さま一人ひとりに『おはようございます』と挨拶をさせていただくんです。言葉は返ってこなくても、笑顔を見せてくれたり、目を動かしてくれたりします。毎日全員に声をかけます。そして、いつもと少しでも違うところはないか観察し、その後自分の仕事を始めます」 毎日の観察を続けてこそ、小さな変化にも気がつくのだ。 川崎田園都市病院は、病院の性質上患者がここを選んで入院するのではなく、ほとんどの場合その家族が病院を選んでやってくる。そのため患者はもとより、家族とのコミュニケーションが大切になる。家族が面会に来た時には、「今日はこうでした」と患者の様子を話す。3か月単位でドクターが患者・家族に病状を説明するが、その間にも「現在はこういう状態です。熱も今のところありません。でも何が起こるか分かりません…」と家族と話しながらコミュニケーションをとる。実際100歳近い高齢者もおり、急に亡くなることもある。そんな時にこそ日頃のコミュニケーションが重要になってくるのだ。 また、患者の家族も高齢であることが多い。家族が顔を見せない時は「どうされましたか」と聞いてみる。顔色が悪いなと思ったら「大丈夫ですか」と声をかけ、家族の健康状態も気遣う。石山さん自身、入院・手術を経験している。どんな高度な医療を持ってしても拭えない患者の不安が、手を取るように分かるのだ。ドクターだけではカバーできない患者の心のケアに重点をおき、患者・家族両方の心の揺らぎ、迷いを引き出してケアをしていきたいと思っている。 黙っていては何も分かり合えない 師長になったばかりの頃、高齢の家族とのコミュニケーションでつまずいたことがある。入院患者の荷物を入れてきた箱があった。中に何も入っていない何の変哲もない空箱だったので捨ててしまった。ところがその家族が「人の物を黙って捨てた」と激怒した。 「何も入っていない使わない空箱だから、と私は思っても、そのご家族にとっては大事だったのかも知れません。価値観の問題ですよね。多分同世代や若い人だったら何の問題にもならなかったでしょう。でも老人は違います。自分の価値観だけでものを見てはいけないんだと反省しました。それ以来、逐一細かく、こんなことはいいんじゃないか、と思うことまで聞いたり、話したりしています。夕方になると喉が痛くなるほどしゃべりまくっていますね(笑)。もともと私はしゃべるのが好きではなかったんです。学生時代はほとんど何もしゃべらなかった。母から『どうしてそんなにおしゃべりになったの』とある時 期言われたくらいです。師長になったらしゃべらないと仕事にならない。『言わなくても分かってくれる』ではだめ、まめに話をしないとだめです。廊下で出会ったご家族さまにも、ただ会釈をするだけではなく、一言声をかけるようにしています」 もちろん、師長として病棟スタッフへの声かけも忘れていない。 「師長になる前は、自分の好きなことだけをやって人を育てるということは考えてなかったですね。自分の上に役職の人がいるから言いたい放題言ってました(笑)。院長からよく『前はとんがっていた。師長になってから丸くなったね』と言われます。ナースやケアパートナーが仕事をしやすいように環境を整えるのが私たちの仕事ですから…」 病棟全体、スタッフー人ひとりを考え、健康状態や看護学生には進学のことなど、声をかけている。 ![]() 進学コースは楽しくて、面白かった ナースの仕事が自分にとって本当に合っているのかと考え続けていた石山さんだが、「40歳を過ぎて看護の仕事に携わっていたら、自分はこの仕事に向いているわけだから、進学してきちんと勉強をしよう」と思っていた。結論は「やっぱり、ナースに向いている。人の命に関わるという緊張感が性格に合っている」だった。そして、平成12年に50歳で看護師の資格を取る。 「進学コースはすごく楽しかったです。いろいろ経験していたので患者さまとのコミュニケーションを始め、すべてスムーズにいきました。准看からストレートで来た人はコミュニケーションで悩んでいましたね。クラスの半分以上が社会人を経験し、自分でお金を貯めて学費を出していました。だからすごく一生懸命なんです。これまで培ってきたものへの裏付けを求めているので、どんどん身に付いていく。看護技術はもう修得していて、それに対する根拠が分かるのだから、面白くて仕方がないんですよ。30代の学生が一番バリバリやっていましたね。すぐに進学するよりも、2、3年実務を経験してから進学した方が悩まなくていいかもしれません」 自分の力を信じてあきらめない 「私は白衣を脱いだら仕事のことは考えません。誰かに何か言われたとか、スタッフがどうだったとか仕事を家まで持って帰らない。性格にもよるのでしょうが、きっちり切り替えられるんです」 若いナースは、ついついプライベートまで仕事を引きずってしまいがち。そんな時は何も考えないで物を作ることに没頭するといい。石山さんは洋裁や編み物が得意。洋服も全部手作りだ。物作りに集中すると他のことは何も見えなくなるという。 「学生の皆さんは目的をはっきりさせて、自分のカを信じて、あきらめないで一歩一歩着実に進んで行ってほしいですね。それから、ナースとしても人としてもお手本になる人を見つけて、その人に近づけるよう頑張ることです。お手本があると、『こんな時、あの人はこうしていた』と対応の仕方が分かります。私のお手本は看護部長です。たとえば、部長がスタッフを注意する時に同席させていただき、ああこんな時はこう言えばいいんだ、と日々学んでいます」 現在、石山さんは通信制の人間総合科学大学の4年生でもある。 「ナースや医療関係者の多い学科です。私は勉強マニアなので(笑)、卒業したら大学院に進みたいと思っています。そして、定年退職したらシルバーボランティアで海外に行くつもりです。今は中国語の勉強をしていますが、英語もやりたいですね」 川崎田園都市病院患者中心主義、そして家族との関わりも大切に 昭和60年に、神奈川県川崎市で特例許可老人病院の第一号として開設された柿生病院が平成13年に新築移転し、病院名を川崎田園都市病院と改称した。「患者さまお一人おひとりを良く看る」「人生の大先輩であるお年寄りの方々が、暖かい家庭的な雰囲気の中で安心して療養に専念できる病院」として患者中心主義を掲げている。老人専門の療養型病院として高度医療は行わないが、患者の人格、人間性を大切にし、西洋医学だけでなく東洋医学も取り入れ総合的な治療を提供している。患者の家族との関わりの重要性も認識し、家族への連絡・報告・カウンセリングを積極的に行っている。「正しいことを行う。ごまかしはばれる」という椎名美純院長の方針でカルテやプライバシーに関わらない情報は開示するし、ボランティアも多く受け入れ、外部に対してオープンである。 川崎田園都市病院では、看護助手をヘルパーからケアパートナーヘと名称を変えた。これはナースと一緒にパートナーとして患者により良い看護と介護を提供しようという椎名院長の方針による。100人近いケアパートナーの教育にも力を入れている。月3回同じ内容の勉強会を開き、老人の特性や清拭やシーツ交換の方法などを実技を交えて学ぶ。ケアパートナーから介護福祉士の資格を取る人が多く、なかには准看護学校へ進む人もいる。向上心を持って学びたいという人に対して病院は協力を惜しまない。 療養病床194、老人性痴呆疾患療養病床111、計305床。診療科目は内科、リハビリテーション科、精神科。外来は内科等の一般外来に加え、物忘れ外来、漢方外来など特殊外来がある。 ![]() 何にでも興味を持ってチャレンジしてください 星野マスヨ看護部長石山さんはとても勉強熱心です。50歳を過ぎて看護師の資格を取るのは、物を覚えること一つをとっても大変だったと思いますが、何にでも興味を持ってやろうという姿勢には、いつも感心させられます。同じ視点でものを見てくれる心強い師長です。 実は石山さんの指導でできた委員会があり、患者さまの体位変換に役立つ枕を手作りして好評を得ています。腕が拘縮して常に胸に手を当てているとそこに汗が溜まります。胸に当てる枕を石山さんが端切れを持ってきて作っていたのをスタッフが見て、一緒に作るようになったのです。仕事が終わった後、みんなで集まっていろいろ工夫して作っているようです。 学生の皆さんは何にでも興味を持ってほしいですね。講義でも、実習でも、疑問を持ったらどんどん質問するような積極的に学ぶ姿勢が大事です。今は昔のように厳しい先輩やはっきり物を言ってくれる先輩は少なくなっているようですが、お手本になる先輩を見つけて、その人に近づけるよう頑張ってください。 |